07-22
刊行60年、反原爆の名著「黒い雨」はこうして世界に広がった 井伏鱒二が込めた思い、今こそ
2026-07-23
HaiPress
〈本を読もう、街に出よう〉
広島と長崎への原爆投下、終戦の日が続き、新聞やテレビが一斉に戦後特集を報じる8月が近づいている。その前に、今年は井伏鱒二の「黒い雨」を読んではいかがだろうか。
「戦争文学の最高峰の一つ」と評価され、20カ国語以上に翻訳された名著だ。井伏は半世紀前にノーベル文学賞候補だったことが今年1月、公式に確認された。同書は今年、刊行60年、還暦を迎える。(鈴木伸幸)

井伏鱒二らゆかりの作家を紹介している準常設展の「杉並文学館」=東京都杉並区立郷土博物館で(五十嵐文人撮影)
◆釣り仲間の被爆者との共同作業から
「黒い雨」の主人公は広島の閑間(しずま)一家だ。重松、シゲ子の夫婦には子どもはおらず、めいの矢須子を養女に迎えていた。原爆が落とされた8月6日朝、3人とも爆心地から離れた場所にいて、けがを負ったが無事だった。その数年後、年頃になった矢須子に縁談が持ち上がる。しかし、原爆症を疑われて破談となることが繰り返される。重松は矢須子に問題がないことを証明するために原爆投下時の父娘それぞれの日記を精査して公表しようとする。ところが、矢須子は放射能を帯びた黒い雨を浴びていて…という筋書きだ。

井伏鱒二旧宅の模型。本人が間取りを考えた=東京都杉並区立郷土博物館で(五十嵐文人撮影)
井伏に、これを書いてほしいと依頼した人がいた。同郷で釣り仲間の被爆者、重松静馬(しずま)だ。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)による情報統制で原爆被害の実態は十分に伝えられず、偏見も放置されていた。実際に重松のめいは縁談の破談を繰り返していた。そこで重松は書きためていた被爆日記を井伏に託し、事実を広く知ってもらおうとした。「『黒い雨』は被爆日記の書き直し」といった批判が一時、広まったが、実際には井伏と重松の共同作業。重松に加えて被爆した軍医などからも情報を得た井伏は、原爆の惨状の一方、それでも人間性やユーモアを失わない庶民生活を独自の筆致で書き上げた。
◆1967年に英語版今村昌平の映画化も
戦争文学にありがちな政治色は薄く、過剰な感情表現を抑えたことで、外国人にも受け入れやすかったようだ。仏教の研究で来日した英国人、ジョン...
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