07-09
空襲被害者への救済「反対意見があるなら聞きたい」…東京大空襲の犠牲者遺族の女性は法案成立を信じて
2026-07-09
HaiPress
民間人空襲被害者の救済法案が8日、38年ぶりに国会に提出された。「戦争だからどんな犠牲も我慢しろという『受忍論』が残り続けたら、今後も民間人は被害の受忍(我慢)を強いられる。孫たちには二度とこんな思いをしてほしくない」。成立を目指して奔走してきた東京大空襲犠牲者遺族の河合節子さん(87)=千葉市中央区=は「将来にもかかわる問題。多くの人に関心を持ってほしい」と力を込める。(井上靖史)
◆やけどで顔がただれても堂々と生きる父の姿に尊敬の念を抱き
1945年3月の東京大空襲時、自宅は現在の東京都江東区深川地区にあった。米軍による焼夷(しょうい)弾投下で下町一帯は火の海となり、母と幼い2人の弟が犠牲に。父は助かったが、やけどで耳たぶが溶け、唇は反り返った。河合さんは現在の茨城県笠間市の親類宅へ疎開しており被害を免れた。

東京大空襲でやけどを負った父親の遺影を見せる河合節子さん。母親と幼い2人の弟を空襲で亡くした=6月18日、東京都千代田区で
やけどで顔がただれた父は、被災後に身を寄せた先で近所の人から「おばけ」と陰で呼ばれた。「一緒に街を歩けば、行き交う人が振り返った」。それでも堂々と生きる父の姿に尊敬の念...
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