リンゴはなぜタイ向けに化けた? 不正輸出騒動を記者が追跡したら辿り着いた業界の慣行と「グレーゾーン」

2024-09-11     HaiPress

近年、アジアを中心に果物の輸出が増える中、リンゴをタイに不正に輸出しようとしたとして、輸出会社の社員ら2人が警視庁に逮捕され、不起訴となった。逮捕・勾留で43日間身柄を拘束され、同社は「不当逮捕だ」と憤っている。背景を探ると、業界の慣習が関わっていた。(中山岳、小倉貞俊)

青森県でタイ向けに選果されたリンゴ

◆青果物輸出会社の2人を逮捕、しかし…

「従業員2人が逮捕、勾留されたことに憤りを感じている」。東京都大田区に本社のある青果物輸出会社の社長は今年3月、都内で開いた記者会見で語気を強めた。

同社が海外への青果輸出事業を始めたのは2018年。「デパートの地下で売っている高品質な商品を海外の客に届けたい。日本の生産者が一生懸命作った青果物を、日本と同じ品質の良い状態で届けたいと始めた」が、今回の逮捕で信用が傷つけられた。

2人の逮捕容疑は、植物防疫法違反と有印私文書偽造の疑い。2022年12月、国内向けのリンゴ180キロをタイに輸出しようとした、ということだった。

関係者によると、このリンゴには、タイに輸出する条件を満たしたものを選び梱包(こんぽう)したことを証明する青森県内の選果施設名義の報告書が付いていた。しかし、羽田空港内にある農林水産省植物防疫所の検査で、タイが国内に入れないようにしている害虫が見つかった。

警視庁は今年1月、報告書を偽造したとみて2人を逮捕し、法人としての同社を書類送検した。

◆自白を迫られるも否認、43日の勾留経て不起訴に

同社側の説明によると、2人は取り調べで否認を続けたが、捜査員から「証拠はあがっている」「容疑を認めろ」と自白を迫られたという。再逮捕もされたが、東京地検は3月に不起訴とした。

その直後、同社は記者会見を開き、リンゴが日本国内向けだったことは社員らの逮捕後、捜査関係者から聞いて初めて知ったと反論した。社長は「仲卸業者にタイ向けのリンゴを発注し、納品された」と強調。報告書は選果施設に代わって作ったが、タイ向けと信じていて「偽造でない」と警察に一貫して説明してきたという。

◆そもそもリンゴはどうやって外国に?

そもそも果物を輸出するには、輸出先の国が警戒する害虫が寄生していないなどの条件を満たしていなければならない。そうしたリンゴは、どのように調達されるのか。

例えば、ある輸出業者が仲卸業者に「タイ向けリンゴが欲しい」と注文すると、仲卸業者から卸売業者を経て、産地の選果施設に届く。選果施設は、害虫が付いていないかや土や枝葉が混じっていないかなど、タイ向けの条件に合うかチェックして梱包する。リンゴが報告書と併せて輸出業者に届き、植物防疫所の検査を経て、輸出される。

◆選果施設「寝耳に水」、警察「捜査は適正」

今回はどうだったのか。東京新聞は青森県内にある70ほどの選果施設の中から、問題になったリンゴを梱包したとされる選果施設を突き止めた。経営者に尋ねると「その時期にタイ向けのリンゴは選果、梱包していない。この件は農水省から問い合わせが来て、寝耳に水だったので驚いた」と明かす。

農水省に確認すると「報告書の日付に選果していないと分かり、偽造の疑いがあるとみて刑事告発した」(植物防疫課国際室)とする。

警視庁の幹部は取材に、リンゴがタイ向けに輸出できる品質に「明らかに達していなかった」とし、農水省とやりとりした上で逮捕に踏み切ったとする。ただ、不起訴になったことについては「適正に捜査した」と述べるにとどまった。

◆市場業者と輸出会社、食い違う証言

国内向けリンゴが、タイ向けに「化けた」のは、なぜか。

東京新聞は、輸出会社が発注したという仲卸業者が店を構える大田市場(大田区)に向かった。

リンゴの仲卸業者の事務所がある大田市場

全国から果物など農産物が集まる大田市場は、運搬車がひっきりなしに行き交っていた。数十軒が並ぶ仲卸業者を尋ねて回り、注文を受けた業者を見つけた。当時を知る男性従業員は「もう警察には何度も説明しましたよ」と言いつつ、話し始めた。

注文を受けた当時は、輸出用の果物を扱っていた担当者が辞めており、仕入れが難しい状態だった。「輸出会社側に、教えてくれれば対応しますと伝えた。すると産地の業者(選果施設)を指定されて『ここのリンゴを買えばいい』と言われ、その通りに納品しただけだ」。輸出用の果物は、輸出先の国の要求を満たすための選果や梱包に加え、報告書が必要なことも「知らなかった」と答えた。

男性の説明通りなら、海外向けと国内向けの区別も知らないまま、国内向けのリンゴを調達したことになる。不正を疑われた輸出会社の「タイ向けのリンゴを発注した」という話とは食い違う。

輸出会社に改めて確認すると、選果施設は指定しておらず、注文はあくまでタイ向けだったと強調した。仲卸業者に「報告書の作成まで選果施設で対応できない。選果施設から承諾を得ているので(輸出会社が)作ってもらいたい」と頼まれ、作成を代行したとする。

◆横行していた「報告書の作成代行」という慣行

結局、両者の言い分の食い違いは解消されなかった。ただ、問題の背景に「報告書の作成代行」という業界の慣行が関わっていることが浮かび上がってきた。

果物輸出のルールを定めた農水省の要領によると、タイ向けに輸出する場合の報告書は選果施設が作ると定める。輸出業者などが代行するのはルール違反のはず。

この点を農水省に尋ねると、今回不正が疑われた輸出会社と別の業者が代行したケースも散見されていたとし、「産地で適切に選果や梱包された事実があれば、禁止していなかった」と、代行を黙認してきたことを認めた。リンゴを含めた果物の輸出は増加傾向で、選果施設で報告書を作る負担が増えている事情も踏まえたという。

日本のリンゴは高品質を売りに、アジアで人気が広がっている。昨年の輸出額は約167億円で、10年前の2013年(約72億円)の2倍以上に。輸出先は首位の台湾(約111億円)が6割強を占め、タイは3位(約4億円)だ。

ある輸出業者は「選果施設と合意の上で、報告書の作成を代行している輸出業者があるという話は知っている。報告書の作成は輸出先の国により内容や書式が異なり、作る手間がかかる。一部の業者は代行を『グレーゾーン』と考えてきた」と明かす。

◆「いい加減な調達は、日本産ブランドに傷をつける」

果物の輸出を巡っては、2022年7月、山形県産のモモを台湾に輸出しようとした業者と選果施設などの関係者が、害虫を取り除いたとするうその報告書を植物防疫所に提出した疑いで逮捕され、罰金刑が確定した。

今回の問題を受け、農水省は報告書の偽造を防ぐため、昨年11月に要領を変えた。報告書は、輸出業者が選果施設から取り寄せて植物防疫所に提出するのとは別に、選果施設が植物防疫所に直接提出することも義務づけた。

海外輸出が拡大しつつあるさなかに起きた今回の問題。大田市場仲卸りんご協議会の瀧脇(たきわき)東司朗会長は「輸出用の果物は手間がかかっても、ルールを守って調達するのは当たり前の話だ」と述べ、厳しい表情で続けた。

「業者がいいかげんな調達をすれば、産地の信用を落とす。海外で認められているメード・イン・ジャパンの果物のブランド価値にも傷がついてしまう」

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